先日、子どもの学校の保護者懇親会で、「海外と日本の会議の違い」について話が盛り上がりました。外資系企業で働く方や、海外出張の多い方から、こんな話を聞きました。
「海外では、会議の場でそれぞれが自分の意見をはっきりと伝える。相手の意見に対して率直に異なる意見を伝えるため、議論がヒートアップすることも珍しくないのよね。でも、見ているこちらはちょっと気まずくて、相手が嫌な気持ちになっているんじゃないかと、ハラハラしてしまう。ところが、会議が終わるとすぐに『お疲れ!ランチ行こう!』と、さっきまで議論していた相手と笑いながら出ていく。さっきのあれは一体何だったんだろう、と思うことがあるの」
こうした話は、皆さんも海外経験のある方からよく聞かれると思います。議論と人間関係は別、という感覚なのでしょう。
実は私自身も、似たような場面に何度も出会ってきました。
仕事を通して、7年ほどカンボジアに関わってきましたが、外交官や閣僚の方々の会談にたびたび同席させていただく機会がありました。その場で交わされる言葉は、日本人の感覚からすると驚くほどストレートです。思わずドキドキしてしまうほど率直なやり取りもありますが、後で聞くと「交渉だから当然」という感覚でした。
また、会議のシーンではないのですが、オーストラリアへコーディネーター兼取材で訪れた際、突然通訳を求められたことがありました。
「そんな力量はないのでできません」と断っていたのですが、「日本人はあなたしかいないでしょう、誰も日本語が分からないのだからあなたがやるのよ」と圧力強めで迫られ、数分後には囲み取材の通訳をするという、今思えばかなり大胆な経験をしました。
本当は「できません」と言い切るべきだったのでしょうが、その場ではうまく言葉にできませんでした。こうした経験を振り返ると、日本と海外では、意見の伝え方や議論の捉え方に、幾つもの違いがあることを実感します。
日本では、相手との関係性や「和」を大切にする文化があるため、意見の違いをストレートに表現することに慎重になる場面も少なくありません。会議の場では、発言の内容そのものよりも「空気がどうなるか」「相手がどう感じるか」が気になり、本音が出にくくなることもあります。その結果、会議が終わったあとにどこか気まずい空気が残ったり、本当の意味での意見交換が行われないまま終わってしまうこともあります。
では、関係性を大切にしながらも、率直な意見交換ができる場はどのように生まれるのでしょうか。その鍵になるのが、「議論」ではなく 「対話」 というコミュニケーションなのかもしれません。
議論は、結論を導くために意見をぶつけ合う場です。一方、対話は、お互いの考えや背景を理解しながら新しい視点を見つけていくプロセスです。会議の回数はあっても、対話の時間は意外と少ない。それが、多くの組織で「空気が重くなる会議」が生まれてしまう理由の一つなのかもしれません。
