私の実家は家具屋を営み、住み込みの従業員もいる大所帯でした。家と仕事の境目は、ほとんどありません。「店にはお金をかけるが、家にはかけない」その言葉どおり、生活の中心にはいつも商売がありました。
時代の流れとともに、家具屋からホテル業、不動産賃貸業へと業種を変え、社長業も祖父から父へと引き継がれていきましたが、実際に現場を動かしていたのは、専務である母です。
母の実家も自営業、女性は学問よりも手に職をつけて嫁ぐ、という価値観の中で育ち、結婚前はドレスメーカーで、洋裁の講師をしていたと聞いています。彼女の行動力は常に印象的で、私が幼稚園に入園した頃、家具屋を営む傍ら、どうしてもやってみたかったパン屋と喫茶店を始めたのです。私も当時は楽しく手伝っていて、贈答用の包装紙を巻いたり、リボンを作ったりと、いつの間にかそれが自然にできるようになっていました。
物事が決まっていく流れを見ていると、誰が核となっているのか、自然と分かってきます。我が家の場合、それは母でした。
紛れもなく、“裏ボス”です。
肩書きではなく、誰が意思を持ち、誰が引き受けているのか。経営の輪郭のようなものを、私はそこで見ていました。もちろん、その内側は穏やかではありません。家族の衝突。社員とのトラブル。尽きることのない課題。「続ける」ということがいかに大変なことか、早い段階で知りました
その後、会社員として外から組織を見て、家業に入り、今は自らも経営の立場にいます。
事業を変えることも経験しましたが、継ぐことと、変えることは、似ているようでまったく違う仕事です。何を残し、何を手放すのか。その判断には、いつも迷いがつきまといます。そして現場では、内容そのものよりも、「誰が言っているか」で受け取られることも少なくありません。
社長の孤独とは、最終的に、どの判断も自分が引き受けるしかないという構造にあります。だからこそ重要なのは、「正しい答え」を探すことよりも、自分が何を基準に判断しているのかを言語化することだと感じています。
ステラウムでは、社長のお話をじっくりとお聞きすることから始めます。言葉になっていることだけでなく、まだ形になっていない違和感や迷いも含めてすくい上げていきます。
継ぐこと。
変えること。
続けること。
そのどれもが、単独では成り立たない仕事であり、その間で揺れながらも、前に進もうとする意思に、寄り添い目にみえる形にして行きます。
